秋の夜の雨の匂ひのあまきこと
秋の初め。
窓を少し開けると、静かな雨の音がした。
それと同時に流れ込んで来た風は、とても甘い匂いがした。
からっと爽やかな好天の後だからだろうか。
その匂いは、乾いた土や葉が湿り気を吸って放つ匂いなのかもしれない。
しっとりとした重みのある、甘い匂いの風。
その滑らかな肌触りとひんやりした心地よさに、しばらく思考を止めて浸った。
「休肝日」という言葉がある。
毎日アルコールを摂取せず、週に一度程度は肝臓を休ませよう、という意味の言葉だ。
本当は、脳や心だって、休養する日が必要なはずだ。肝臓と同じくらいに。
だが、目まぐるしく動いていく日々の中で、脳や心に休養を与えるなんて、そう簡単なことではない。
むしろ——人間の脳は、常に何かを考え、悩むように初期設定《デフォルト》されているような気すらしてくる。
もし、他の動物達が人間の脳の苦しみを知ったら、さぞ私たちを不憫に思うことだろう。
時には、脳と心を休ませたい。
虫や鳥、猫——陽射しや風だけを感じながら生きる、彼らのように。
たとえ、どんな悩みの中にいても。
それは、時たま出かける旅行や、そんな特別な時だけに限ったりせず——
日々の中の僅かな時間でもいい。
何も悩まず、何も考えない時間。
ただ呼吸をして、風の匂いをひたすら感じる、どこまでも静かなひととき。
そんな時間を持てたら——
もしかしたら……自分の中の何かが、少しずつ変わるのかもしれない。
とりとめなくそんなことを思いながら、秋の夜風の甘い匂いを、肺一杯に吸い込んだ。