虫の音や闇に銀の弧交しつつ
「虫の音」は、「虫」の傍題。俳句において「虫」と言えば秋に鳴く虫のことで、特に秋の草むらに集《すだ》く虫だけを指す。「虫時雨」は、虫の鳴き交わす声を時雨に例えた言葉。秋の季語。
夏の暮れ。昼間はまだ暑くても、朝夕はすっかり涼しさを感じるようになる。
気づくと、夜の窓の外ではもう虫が盛んに鳴き、季節の移り変わりに驚く。
窓を開け、闇の奥の草むらで虫の鳴き交わす声に聴き入る。
——そして、目を閉じてみた。
今まで見えていた闇を閉ざすと、瞼には違うものが浮かんでくる。
耳だけで聴けば、感覚は声のする空間を立体的に捉え出す。
——やがて、音が色や形を持ち始める。
虫があちこちで鳴く。
すぐそばで。そして、少し遠く。今度はずっと向こうで。
目の前で鳴く声に応えるように、近くの虫が鳴く。そして、その先にいる虫がまたその声に呼応する。
そうやって、声は虫達の間を伝わっていく。——まるで、銀の弧を描くように。
銀の弧は、光の筋を引いて輝き、声が途切れればすっと闇に戻っていく。
数えきれない虫達の声が、闇の中に輝く弧を描きながら、溢れるほどに鳴き交わす。
その弧は幾重にも重なり——
虫時雨は、広さと奥行きを持って輝くひとつの塊になる。
虫時雨に包まれる暗闇は、目を閉じれば、細やかな銀の弧の海になって迫ってくる。
瞼の裏側を明るく照らすほどのきらめきを見せながら。
闇の奥の虫時雨を聴く機会があったら、ぜひ一度目を閉じてみてほしい。
目を開いたままでは動かない、たくさんの感覚が動き出す。
——そして、これまで見えなかった虫時雨の美しさが、きっと見えてくるはずだ。