掬い上げるもの

日々の中から掬い上げたさまざまな思いを綴る、俳句&エッセイ。 一話があっという間の短さです。 どこから読んでも、好きなとこだけついばんでもよし。 よろしければ、お茶やコーヒー片手に気楽にお付き合いくださいませ。 マイナスイオンを深呼吸したい方も、ぜひお立ち寄りください♪

なぜ


 意味もたぬ羅列の美《は》しき鱗雲


 鱗雲は、「鰯雲」の傍題。
 この雲が出ると鰯が集まるといい、そこから「鰯雲」という名がついたともいわれる。
 また、魚の鱗のようにも見える小さな雲片の集まりであることから、「鱗雲」、鯖の背の模様に似ていることから「鯖雲」とも呼ばれる。秋の季語。
 

 

 晴れた秋空は、雲が美しい。
 どの季節よりも繊細な表情の雲が、白く淡く、空を飾る。


 そんな日の夕方近く。
 空を見上げながら、静かな道をゆっくり歩いた。
 髪を後ろへ緩く靡かせる風が、何とも心地よい。


 鱗雲が出ている。
 何気なく眺めているうちに、何だか不思議な気持ちになった。


 ——あの鱗雲は、なぜ空のあの場所に伸びているのか。
 あの鱗は、なぜあの位置に、あの形に並んでいるのだろう。


 考えても、答えはない。
 当然だ。空に浮かぶ雲が意味や理由のある形をしていたら、その方がよほど不自然だ。

 

 人間は、すぐに理由を知りたがる。
「なぜ」と考えたがる。

 人間の社会の発達は、この「なぜ」があったからだと言ってもいいだろう。


 しかし——ひとつひとつのことに明確な理由や意味が付属しているのは、人間の社会の中だけのことだ。
 その他の自然界の物事は、理由も、意味も必要としない。
 それはただの「現象」だ。


 私たち人間の身の上に起こる出来事も、多くは「現象」や「偶然」だ。
 それに、人間が「運命」という名前をつけたに過ぎない。


「運命」と呼べば、重く、悲しいものに思えるが——
 それを、「現象」や「偶然」の連なりと捉えてみれば——どこか身体の力がふっと抜ける気がする。
 動かし難い定めに縛られているわけでも、閉じ込められているわけでもない。もっと自然で、単純なものだ。


 そう考えてみれば——
 人生を、もっとやわらかに眺めてみてもいい。
 もっと、自分の心と身体を、自由に動かしてみてもいい。——そんな気がしてくる。

 

 頬を撫でる風も、空を桃色に染める夕焼けも、鱗雲も。
 そこには意味も理由もないけれど——だからこそ、どこまでも優しい。
「なぜ」「どうして」と、詰め寄っては来ない。

 

「なぜ」と問うことをやめてしまえば——もしかしたら、何かがもう少し楽になるのかもしれない。

 

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