掬い上げるもの

日々の中から掬い上げたさまざまな思いを綴る、俳句&エッセイ。 一話があっという間の短さです。 どこから読んでも、好きなとこだけついばんでもよし。 よろしければ、お茶やコーヒー片手に気楽にお付き合いくださいませ。 マイナスイオンを深呼吸したい方も、ぜひお立ち寄りください♪

特別な香り



  どの家も柚子を灯して郷の暮る


 柚子は、秋の季語。黄色に熟したものは高い香りと強い酸味を持ち、果皮は料理等の香りづけに使われる。果肉は搾って酸味料などにする。


 
 柚子の皮を噛み締める時に広がる、あの香りが大好きだ。

 好きな香りや味はたくさんあるが、柚子の香りは、私の中の特別な感覚を刺激する。
 味わった瞬間、気持ちのどこかがほっと緩んで、安らぐ。

 何がどうだから、という理由を経由せず、反射的に心が落ち着く……とでも言うのだろうか。
 他のどんな食べ物を味わっても、そんな感覚を呼び起こされるものには出会えない。とても不思議な感覚だ。


 なぜだろう。
 理由を考えてみた。


 生家の庭には、柚子の木があった。
 毎年大きな実をたくさんつける、優秀な木だ。

 母は、冬になるとよく白菜を漬けた。一晩ほど浅く漬けたものが我が家では人気があり、冬の食卓には決まって皿に山盛りになって並んでいた。

 漬ける時に、母は必ず柚子の皮を一緒に入れた。
 庭の柚子の実を捥いで、その果皮を細く刻んだものだ。

 白菜の白と柚子の黄色のコントラストは華やかで、冬の食卓を明るく彩る。
炊きたての艶やかな新米と香り高い漬け物は、もうそれだけで最高のごちそうだ。器に山盛りにした白菜も、家族で食べるとあっという間に皿が空っぽになった。

そんな漬物を何度も仕込むため、冬に台所に立つ母の側には、新鮮な柚子の爽やかな香りがいつもあった。


 ——そうやって、寒い季節に直に感じる家の温かさを、柚子の香りとともに記憶したせいなのだろうか。

 

 幼い頃から幾度となく記憶に刻み込まれた幸せな香りに、今も身体の奥底から湧き出すような安らぎを感じる。
 ——考えてみれば、それはごく当たり前のことなのかもしれない。