掬い上げるもの

日々の中から掬い上げたさまざまな思いを綴る、俳句&エッセイ。 一話があっという間の短さです。 どこから読んでも、好きなとこだけついばんでもよし。 よろしければ、お茶やコーヒー片手に気楽にお付き合いくださいませ。 マイナスイオンを深呼吸したい方も、ぜひお立ち寄りください♪

しずくの音


 雨垂れの音を数えて戻り梅雨


 戻り梅雨は、「梅雨」の傍題。一度梅雨が明けたように何日も暑く乾いた晴天が続いた後、再び天気がぐずつくこと。夏の季語。

 


 梅雨明けは、どんより暗い時期を終えて輝く夏がスタートした合図として、毎年浮き立つような気分になる。
 しかしその一方で、「さあこれから秋まで突っ走れ!」と言い放たれたような気もして、時にぐったりする瞬間があるのも事実だ。
 今年は、ここまでがもうかなり暑かった。ここで梅雨明けと言われても疲れる、と思うのは私だけではあるまい。

 こんな時は、しとしとと雨が降り、すっと涼しくなる戻り梅雨が嬉しい。天から思わぬ休憩をもらえたように身体がほっとする。

 

 ——雨だ。
 音もなく、細かい雨が空中を舞う。
 窓を開けると、潤いのある澄んだ風が頬を撫でていく。
 水の粒子に満ちた空気を見つめていると、側の木の葉からしずくが落ちた。
 きらりとしずかに輝き、こぼれる水滴。
 細かな雨も、一定の量が集まると水滴を作る。
 木の葉の上で少しずつ溜まった小さな雨粒が集まり、しずくとしての重さを持ったとき、その光る玉は葉を転がり落ちる。

 そうして、ときどきこぼれ落ちる水滴が、ぽつ…と微かな音を立てる。
 耳を傾ける。
 小さな音が…ひとつ、ふたつ。……後から続けて、またふたつ。
 そんな微かなしずくの音を、優しい葉擦れの音が時々かき消していく。


 静かな静かな、戻り梅雨のひととき。

 

 雨の音を聴くと、必ず想う。
 ショパンの作曲した前奏曲の中の、「雨だれ」という作品。
 雨の降るひとときをそのまま描き出したような旋律。降り出してから遠ざかるまでの雨の情景が目の前に立ち上がる。
 小さな雨だれの音。次第に黒雲が近づき——雨脚の強まる音。
 やがて、雨脚は弱まり——曲の最後に、少しだけ空が明るむ気配。

 ショパンの生きた200年近く前のある雨の日が蘇る、大好きな曲だ。

 


 雨の気配に包まれ、どこまでも取り留めなく、ふわふわと思いは漂う。
 梅雨が明けたらそう簡単には浸れない、穏やかに優しい時間だ。