掬い上げるもの

日々の中から掬い上げたさまざまな思いを綴る、俳句&エッセイ。 一話があっという間の短さです。 どこから読んでも、好きなとこだけついばんでもよし。 よろしければ、お茶やコーヒー片手に気楽にお付き合いくださいませ。 マイナスイオンを深呼吸したい方も、ぜひお立ち寄りください♪

無表情な雨

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 籠めらるるより秋霖の中へ出づ


 秋霖《しゅうりん》は、「秋の雨」の傍題。他に「秋雨」や「秋黴雨《あきついり》」という傍題もある。
 9月中旬〜10月中旬は、「秋の長雨」とも呼ばれる雨の時期である。「秋雨」はどこか薄寒く、気持ちも浮き立たない。「秋霖」はその物寂しさを一層際立たせる語感を持つ。秋の季語。

 

 

 秋霖
 窓の外を見ても、どこまでも灰色の空間——そこへ音もなく降る、冷たい雨。
何ともいえない物寂しさに、鬱々と閉じ込められる。

 

 トマトが好きだ。旬は夏だが、1年を通して食べたい大好物だ。
 鮮やかな赤色と強い酸味が、心と身体に元気を注いでくれる。


 重く沈んだそんな秋雨の日に、トマトの料理がどうしても食べたくなった。
 しかし、数日前にオリーブオイルを切らしてしまったことを思い出した。


 外を見れば、夕暮れも近く、既に薄暗くて肌寒い。
 欲しいのは、オリーブオイルひとつだけ。


 敢えて、秋霖の中を買いに出た。


 本当は、今すぐオリーブオイルなんてなくたって、どうにでもなるのだ。
 普段なら、当然違うレシピでごまかすところだ。

 でも、こんな夕暮れの時間を、小さな希望すら叶わず——心まで冷え込むような秋霖に閉じ込められていることの方が、よほど辛かった。

 

 ついこの前まで明るく輝いていた太陽など、まるで幻だとでもいうように——空を暗く覆い、ひたすら冷たく降りしきる、無表情な雨。

 何の暴力も振るわず、確かな音すら持たないそれに——時に、逃げ場もなく追いつめられる。